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明石ちぢみ

伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」を十日町市のふるさと納税で

伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」を「十日町市のふるさと納税」に登録しています。

 伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」は盛夏のきものとして広く愛用されていますが、最近の地球温暖化に伴い、単衣の時期でも気温が高い時にはお召しになる方もいらっしゃって、着用期間が広がっています。

 返礼品の伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」は、色や柄の好みをお伝えいただき、ご希望に沿うものを送らせていただきますが、十日町市の「きもの絵巻館」、東京の「伴治郎」や展示会、京都の「吉澤織物販売会」などで実際にご覧いただき、お好きなものをお選びいただくことも可能です。

 

514,000円の寄付で「十日町明石ちぢみ」を返礼品としてお受け取りいただけますが、手続きをすると寄付金から所得税の還付、住民税の控除が受けられます。控除上限額は収入などの条件により異なります。

514,000円の寄付の場合、かなりの年収でないと上限を大きく超えています。

いろいろな試算システムがあるようなので、どの程度の負担になるか事前にご確認されることをオススメします。

 

サイトからお申込みください。

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十日町きものBAZAAR

伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」や「小千谷ちぢみ」などの新潟県内の染織作品や2023年新作ゆかた・訳あり品(紬・小紋・袋帯・名古屋帯)の大特価品を販売するイベントを6月2日(金)から5日(月)まで日本橋・三越本店前の「ブリッジにいがた」にて行います。
是非、ご来場下さい。

【十日町きものBAZAAR】
日時:令和5年6月2日(金)~5日(月)
午前10時~午後7時(5日は午後5時まで)
会場:ブリッジにいがた
(東京都中央区日本橋室町1-6-5 だいし東京ビル1F 03-3243-2840)

案内状をご希望の方は、
①お名前
②ご住所
③連絡先
をご記入の上、メール(info@kimonoemakikan.co.jp)かお電話(025-757-9529)までお申し込み下さい。

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越後縮の貴重な資料

『妻有新聞』の新春号に「越後縮」に関する興味深い記事が掲載されています。

平成26年に現在の十日町市細尾集落で織り上げられたと推測される「越後縮」を、十日町の縮問屋「松村屋 根津五郎右衛門家」が徳川13代将軍家定の正室・天璋院篤姫や14代将軍家茂正室・皇女和宮らに納めた、という史料(「納品請求書「覚」の控えと裂見本「御召縮御 雛形 ひなかた の包み紙」が見つかりました。
「覚」の控えからは、「天璋院様御召」・「一嶋越後縮 一反」などの文言を読み取ることができ、天璋院篤姫には現在の価値で20~30万円の「越後縮」を納品したようです。
また、包み紙には家茂を表す「御本丸」の文言があり、将軍御自身も「越後縮」をお召になっていた可能性があります。

この史料には「徳川記念財団」も興味を示していて、以前、ホームページを見た財団の方から「きもの絵巻館」に問い合わせを頂いたこともあります。

今回の新聞記事はこの史料を「十日町市博物館」の高橋由美子さんが詳しく説明したものです。
また、高橋さんの解説によると反物の丈に関する記録があり、天璋院や和宮、本寿院の身長が推測できるそうです。

十日町織物が日本の最高の良品が集まる場所にて愛用されていたことや当時の確かな技術を今に伝える一級の史料です。

 

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越後縮の貴重な資料

『妻有新聞』の新春号に「越後縮」に関する興味深い記事が掲載されています。

平成26年に現在の十日町市細尾集落で織り上げられたと推測される「越後縮」を、十日町の縮問屋「松村屋 根津五郎右衛門家」が徳川13代将軍家定の正室・天璋院篤姫や14代将軍家茂正室・皇女和宮らに納めた、という史料(「納品請求書「覚」の控えと裂見本「御召縮御 雛形 ひなかた の包み紙」が見つかりました。
「覚」の控えからは、「天璋院様御召」・「一嶋越後縮 一反」などの文言を読み取ることができ、天璋院篤姫には現在の価値で20~30万円の「越後縮」を納品したようです。
また、包み紙には家茂を表す「御本丸」の文言があり、将軍御自身も「越後縮」をお召になっていた可能性があります。

この史料には「徳川記念財団」も興味を示していて、以前、ホームページを見た財団の方から「きもの絵巻館」に問い合わせを頂いたこともあります。

今回の新聞記事はこの史料を「十日町市博物館」の高橋由美子さんが詳しく説明したものです。
また、高橋さんの解説によると反物の丈に関する記録があり、天璋院や和宮、本寿院の身長が推測できるそうです。

十日町織物が日本の最高の良品が集まる場所にて愛用されていたことや当時の確かな技術を今に伝える一級の史料です。

 

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伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」&ゆかたコレクション2022

3年ぶりに伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」の新作や2022年新作ゆかたを販売するイベントを6月8日(木)から13日(月)まで日本橋・三越本店前の「ブリッジにいがた」にて行います。
前回までのように全フロアーを利用してのイベントでなく、限られたスペースでの商品を絞った販売となりますが、是非、ご来場下さい。

【伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」&ゆかたコレクション2022】
日時:令和4年6月9日(木)~13日(月)午前10時30分~午後7時 (13日は午後5時まで)
※写真は午前10時からになっていますが、正しくは午前10時30分からになります。
会場:ブリッジにいがた(東京都中央区日本橋室町1‐6‐5 だいし東京ビル1F 03‐3243‐2840)


案内状をご希望の方は、
①お名前
②ご住所
③連絡先
をご記入の上、メール(info@kimonoemakikan.co.jp)か電話(025-757-9529)までお申し込み下さい。

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明石ちぢみと十日町小唄

令和4年2月19日(土)〜3月27日(日)まで「十日町市博物館」にて令和3年度冬季企画展「明石ちぢみと十日町小唄」が開催されます。

昨年放送された「世界世界ふしぎ発見!」でも紹介された伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」と「十日町小唄」の関係、是非、足をお運びいただきご覧ください。


【明石ちぢみと十日町小唄】
日時:令和4年2月19日(土)〜3月27日(日)
   午前9時〜午後5時
会場:十日町市博物館(新潟県十日町市西本町1-448-9)
観覧料:500円
※2月26日・3月5日・12日・19日・26日にはきもの研究グループ会員による展示説明があります。

 

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冨永愛さんが番組内で着用した十日町明石ちぢみ

7月3日放送の「日立 世界ふしぎ発見!」で「きもの絵巻館」と伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」が紹介されました。
ただいま「きもの絵巻館」館内ではミステリーハンター初挑戦の冨永愛さんが番組内で着用された着物の同柄と写真パネル・サイン色紙を展示しています。
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また、実際に冨永愛さんが羽織ったお着物(仮仕立をした伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」になります。)を特別価格にて販売いたします!
お陰様で販売となりました。
ありがとうございました。
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詳しくはinfo@kimonoemakikan.co.jpまでお問い合わせください。

十日町明石ちぢみマスクと十日町明石ちぢみ扇子、販売しています!

昨日放送された「日立 世界ふしぎ発見!」にてご紹介いただきました伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」。


「きもの絵巻館」ではこの生地を用いたマスクと扇子を販売しています。

「明石ちぢみマスク」(税込1,100円)は気軽に「着たら離せぬ 味の良さ」を体感いただけます。

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このための「十日町明石ちぢみ」の生地がほとんどなくなってしまい、現品のみとなります。
宜しくお願い申し上げます。

十日町明石ちぢみの歴史

昨日の「日立 世界ふしぎ発見!」、ご覧になりましたか?
ミステリーハンターの冨永愛さんが出題した問題の補足になりますが、伝統的工芸品「十日町明石ちぢみ」にはこのような歴史があります。

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◆明石ちぢみの歴史
「明石ちぢみ」は今から400年ほど前、播州明石の船大工の娘・お菊によって「かんなくず」をヒントに考案されたといわれています。また、『本朝俗諺誌』に「明石縮は 豊後国(ママ )小倉の名産なり」という記述が見られるように、明石藩主の小笠原氏が豊前小倉に国替えとなり、小倉でも生産されていました。
享保年間に刊行された『万金産業袋』に「たて絹糸、横もめんいとにて、 尤も もっとも よくうつくしく縮たる物也。」とあり、もともとは、 経緯 (たてよこ) とも木綿でありましたが、 苧 (お )と絹の交織が生まれ(苧縮)、やがて経緯 とも絹糸になり、「明石本縮」と呼ばれた歴史もあります。


そして、明治20年頃、新潟県柏崎町の越後縮問屋・洲崎栄助が、西陣の織物業者が「明石ちぢみ」を研究しているのを見て、西陣より湿度が高く、越後縮以来の強撚糸の優れた技術を持つ十日町が織るのに適していると考え、十日町の機業家「米忠」の佐藤善次郎に裂見本を見せて研究を進めたのが、「十日町明石ちぢみ」の始まりです。


撚糸の担当は金子幸吉、意匠は「絣の名人」直井喜代八、整理仕上げの担当は浜間庄蔵。いずれも当時の最も優れた技術者が「明石ちぢみ」の開発に挑むことになりました。
試行錯誤を繰り返し、更には「澤喜」の田口米蔵との共同研究を進めていきますが、最大の難関は「撚糸」と「整理・仕上げ」であり、幾度もの失敗や血のにじむような苦心を重ねながら、明治27年頃に製品を市場に送り出します。
経糸に練糸、 緯糸 (よこいと) に生糸を使った両シボ明石は「 透綾(すきや) 」に似ており、「 縮緬 (ちりめん) 」に近い地風なので、当初は「透綾縮緬」と呼ばれていましたが、原産地の地名をとって「明石ちぢみ」と命名され、「十日町明石ちぢみ」が誕生しました。難産の末に誕生した「十日町明石ちぢみ」ではありますが、割高感が強い上に商品そのものが未完成であったため、当初の需要は必ずしも多くありませんでした。しかし、蒸熱加工により「濡れると縮む」という欠点を克服、「玉の汗にも縮まぬ明石」の名のもとに面目を一新し、その後、防水加工の発明によって高級夏着尺の地位を確立していきます。

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このような産地の改良・努力とともに、大正年間には生産点数は3万反から15万反へと5倍になり、昭和4年に発表された「十日町小唄 (作詞:永井 白湄 作曲:中山 晋平)」がコマーシャルソングとなって、「十日町明石ちぢみ」を全国に広めていき、昭和7年の生産点数は27万反と産地全体の70%を占めるようになりました。


昭和10年10月には「明石ちぢみ創作50年祭」が3日間にわたって産地を挙げて盛大に行われ、発展功労者の一人に、吉澤織物で「十日町明石ちぢみ」の製織を始めた五代目吉澤与市(貞治)も選ばれています。

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※十日町市にて製造される「明石ちぢみ」は昭和57年に「伝統的工芸品」に指定された際に「十日町明石ちぢみ」という名称になりました。


◆十日町小唄(作詞:永井 白湄 作曲:中山 晋平)


越後名物 数々あれど
明石ちぢみに 雪の肌
着たら離せぬ 味の良さ
(テモサッテモ ソウジャナイカ
テモソウジャナイカ)


雪が消えれば 越路の春は
梅も桜も みな開く
わしが心の 花も咲く
(テモサッテモ ソウジャナイカ
テモソウジャナイカ)


逢いはせなんだか 十日町(とおかまち)橋で
長さ六丁の ゆき戻り
恋か涼みか 夜を明かす
(テモサッテモ ソウジャナイカ
テモソウジャナイカ)


人が見たらば 横丁へよけて
雪のトンネル 隠れ場所
恋の抜け道 廻り道
(テモサッテモ ソウジャナイカ
テモソウジャナイカ)


※これらの文章を作成するにあたり、先日お亡くなりになられた郷土史家・佐野良吉先生の資料を参考にするところが多くあります。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌

工芸 碧(あお)のゆらめき

「十日町きものフェスタ2021」の紬部門にて「新潟県知事賞」を受賞した吉澤織物の伝統的工芸浜「十日町明石ちぢみ」の「工芸 碧のゆらめき」を紹介します。


こちらは筬波タイプの「十日町明石ちぢみ」になります。

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